5.言葉(退職のころ)



私は、脱ステロイドに理解のある皮膚科医を中心とした、メーリングリストに参加していました。
退職を決めたころの、私の彼ら彼女らに宛てたメールを、最近、ようやく読み返してみる気になりました。


2002/07/02 (火) 18:10

突然ですが、8月末日をもって退職することにしました。
昨日院長に報告してきました。
病期休暇から復職して、一年半、やはりこのまま現職を続けるのは無理と悟りました。
現在の仕事から、当分身を引くことが最善の治療のようです。
しばらくは、旅行などしながら療養し、十分な休養を取ってみます。
取り急ぎご連絡まで。
また改めて経過報告します。

S先生、T先生、
名古屋を、守りきれず申し訳ございません。

深谷元継
国立名古屋病院皮膚科


2002/07/02 (火) 18:54

最近は、なるべく、患者を入院させずに管理するように心掛けてきました。
今はアトピーは一人だけです。
30才の独身女性で、5年ほど前に離脱済ませ、しばらく来なかったのですが、アトピーは落ち着いたが、その後急性前骨髄性白血病発症し、化療受けていたとのこと。
寛解し、やれやれと思ったら、ちょうどリバウンドそっくりの皮疹の増悪をきたしました。
化療メニューにステロイドは入っていません。
希死念慮強く、家族が毛布にくるんで運んで来たので、入院受けないわけにはいかない。
拒食で、IVH管理してます。
退職決めた後だったので、これが私の最後の「全身管理」になるのだろうな、と思いながら鎖骨下カテ入れました。

それで、彼女が言うんですよ。

ステロイドだの、脱ステロイドだの、そんなことはどうでもいい。もう、何もわからない。
なぜ、私は生きてるの?もし白血病が再発したら、また化療するの?そうしたら、またこんな目に合うの?
私の居場所がない。私はどこに居ればいいの?
先生、お願いだから行かないで。先生が行ってしまったら、私どうしたらいいのかわからない。

彼女に、生きるということの意味を教えなければならない。
すくなくとも、生き続けることの素晴らしさを知っているかのように装わなければならない。

大丈夫、生きていれば、必ず治るよ。
死んじゃえば、治るものも治らないよ。
あなたは、何もしなくてもいい。
だから、ごはんだけ食べてね。一口でも二口でも、食べられるだけでいいから。

そう、言いながら、ボロボロの皮膚に覆われて、痩せこけた肩をなでる。

もう、長い付き合いじゃない。初診から数えて何年だっけ。
昔から可愛かったよ。元々美人なんだから、必ずまた綺麗になるってば。
大丈夫。

先生、本当に大丈夫?本当に、治る?
私みたいな人って他にいる?こんなぼろぼろの皮膚の人他にもいる?

大丈夫、生きていれば治るよ。
あなたが、生きていれば、治る。
死んじゃったら、治らないよ。

そう言いながら、窓の外の遠くの景色を眺めて、自分自身、生きている意味がわからなくなってるのに、この作業はつらいな、とぼんやりと、思う。

そんな、日々。

深谷元継
国立名古屋病院皮膚科


2002/07/04 (木) 23:49

こんばんは。
S先生、Y先生、電話ありがとう。
他の先生方も、RES御礼申し上げます。
白血病化学療法後の「リバウンド」の娘は、7月1日夜に39 ℃の発熱あり、Septic FeverだがFocusがわからんな、と思っていたら、7月3日にDICになってしまいました。
拒食で体重30kg位でTP4.0でAlbが2.0切って、元々骨髄機能弱く貧血気味だったのが、急にHb6.0切って血小板も下がったんで、栄養状態悪いとはいえ、なんか悪い予感がしたんで、輸血と同時に見切りでFOY開始しててよかった。あとでFDP、dダイマーの結果見たら、しっかり上昇しててDICだった。
今日は、平熱になって正常に会話もできるようになってた。
この娘で最後かな・・私の「全身管理」。

だいたい年に一回か二回、マジで救命してます(ました)。
私の「脱ステロイド」の入り口は、全身管理に自信があったから。ステロイド使いたくない?ああいいよ、好きなようにやってみなよ、何が起きようが面倒見てやるよ、って感じ。
だけど、この二年ほど、ミスがすごく恐くなってきた。
これまでずっとずっと大丈夫だったけど、今度の症例こそは、もうだめかも、って、疲れを感じるようになってきた。
昔は判らなかったけど、こうして、皆、勤務医の現役を引退して行くんだろうな、って思う。

神様、あと2ヶ月弱。
大きなミスを起こしませんように。
(脱ステロイドにおいて、私に残された最大の仕事は、ミスを犯さないことだと思う。自信が揺らいできたら、早めに思い切った方がよい、というのが、退職する理由の一つです)

深谷元継
国立名古屋病院皮膚科


この患者、冒頭に少しだけ記した「最後の入院患者」です。

ずっと、どうなったか、気になっていたんですが、これを書き始めて、どうしてもやっぱり気になるんで、思い切って、電話してみました。
本人が出て、元気そうだったんで、良かった。


言葉は、最良のくすりかもしれません。
これも、私の「職人芸」のひとつでした。こんなもの、科学でも医学でも何でもない。
ただし、臨床医としての「力」が前提です。また、それが、ただの言葉を、くすりに変える。
もし、私の臨床医としての力を疑問視する人が聞けば、「これは毒だ」と思うのかもしれない。
そして、脱ステロイドの現場を離れた私が、こうやって記している言葉たちが、どう響くのか。
私にはわからない。






03/10/23