6.外用剤について



脱ステロイド後に、外用剤として何を用いるか、そもそも使うべきか?については、脱ステロイドに理解のある先生方の中でも意見が分かれます。



患者によっても、病期によっても、適不適はさまざまでした。そのなかから、一般的な傾向を記してみます。



以下の概念をまずは念頭においてください。

外用によるメリットは、

A)保湿(保護)

B)抗炎症効果

デメリットは、

C)刺激(これには、通常の接触皮膚炎と、先に示したステロイド外用後の「過敏性亢進」が関わるものとの2つがあるようです)

D)保湿(保護)による脂腺・汗腺の再生の遅れの危惧

以上の組み合わせとして考えていくとよいと思います。



脱ステロイド後、皮膚は、いくつかの段階を経て健常へと進んでいくようです。

くれぐれも念を押しますが、総括的な一般論として述べていることを忘れないでください。



1)全外用抵抗期

あらゆる外用剤、それどころか、時には衣服さえ刺激となり、ひたすらふとんにくるまって、ベッドから出られない。動けない。夏でも寒くてがたがた震えてストーブをたいたりする。そのくせ、体内は熱がこもって熱い。

唯一、風呂など、温水に漬かっていると、ややましなので、一日の半分以上入浴し、風呂でなければ眠れなかったりもする。しかし風呂上りには激しい痒みに襲われるので、それが嫌さに入浴を嫌う場合もある。強い水圧の熱湯のようなシャワーを用いて、痛み刺激で痒みを麻痺させる患者もいる。

体温調節がきかないのは、発汗を司る汗腺機能が破壊され、不感蒸発機能が亢進しているからだろう。



2)浸出期

皮疹が、肉芽様、またはびらんを伴い、浸出液がじゅくじゅくと出るが、亜鉛華単軟膏、もしくは、これに白色ワセリンを混ぜた合剤であれば、なんとか外用できる。外用することによって、関節部の皮膚面がぱりぱりと割れずに何とか動けるし、亜鉛華単軟膏の吸湿性によって、やや快適にもなる。先に記した「背中の肉芽様皮疹」がそうです。

1)の「全外用抵抗期」には、手足関節がまったく動かせず、寝返りすら打てないこともあるので、「何か」が塗れて、手足が動かせるだけありがたい、と感じる。



3)乾燥期

浸出液がほとんどなくなり、白色ワセリンなど、固形油剤で楽になる時期。2)と3)の狭間においては、亜鉛華単軟膏と白色ワセリンの混合比を適当に変えて対処することもある。

そのかわり、乾燥・落屑が強く、ワセリンを何度塗りなおしてもすぐ乾いてしまう。



離脱後の皮膚の過敏性が顕著になってくる時期とも一致し、ワセリンを塗ると痒くなるが、塗らないとかさかさぼろぼろしてくるジレンマに悩まされる人もいる。「過敏性の亢進」のため、白色ワセリン中の微量の不純物にすら反応し、「このメーカーの白色ワセリンはよいが。あのメーカーの白色ワセリンは使うと痒くなる」と訴える患者もいる。同じポビドンヨードの消毒剤でも、「イソジンは合わないがネオヨジンならよい」といわれたこともある。微量に含まれる界面活性剤の違いによるらしい。



この時期、パッチテストによる偽(?)陽性(または刺激反応?)率が高まる。歯科金属アレルギーに原因を求めて、パッチテストを試み、ほとんど全てに反応してしまい、「セラミックかチタンでなければだめでしょう」と、歯医者さんに言われたりする。

多数の、う歯(虫歯)が関係していたとしか考えようのないアトピー性皮膚炎の悪化症例を経験したことがあるので(病巣感染といって、慢性の炎症が体のどこかにあると、皮膚炎が悪化することがある)、歯科の関与も決して無視はできないが、歯科業界も過当競争ぎみなのか、ときに「アトピービジネス」もどきの歯医者さんもいるので、話を鵜呑みにはしないほうがよいと思う。

単なる皮膚の過敏性亢進による金属アレルゲンパッチテスト偽(?)陽性(または刺激反応)であれば、歯科金属を除去しても直ちに良くはならない。「半年待ちましょう」といわれることが多いが、この時期のパッチテストの結果に従って、歯科金属を除去して半年間セメントを詰めていた人と、そうしなかった人(するかしないかは患者の自由意志にまかせた)とを経過観察した限りにおいては、さほど差はなかった(どちらも離脱が進んでそれなりに良くなった)。

前章の「見えない悪化因子」で、私は、環境因子に重点を置いて記したが、それは、患者の話を聞いていて、「引越しや転地をして良くなったり悪くなったりした」というのが多かったので、何が要因だろうか?と疑問に思って、調査を始めたのが発端で、いろいろなことを知った。食物アレルギーが悪化因子であると考えられた事例も聞き取りで多かった。

しかし、歯科金属の場合、「歯の治療を、たまたましたら、劇的に良くなった、または悪くなった」という話は、あまり患者の話からは出てこなかった。それで、仮に悪化因子であるとしても頻度的には低いと思う。


しかし、アトピー性皮膚炎以外の皮膚疾患で、たとえば、歯列矯正を始めて、掌せき膿疱症が急に悪化したなどの話はよくあるので、歯と皮膚は関連してはいる。

とにかく、白色ワセリンが外用できる程度に皮膚が回復してきた時期には、早く治そうと焦って、色々なことを試みるが、この時期のパッチテストの結果を根拠として、高額な歯科治療に踏み切るのは、少し待ったほうがよいように思う。

むしろ、「過去に歯科治療を受けたあとで悪化した」とかといった、その人特有の履歴があれば、そのほうがパッチテストの結果よりも「当たり」である可能性が高いように思う。

金銭的に余裕のある人が、「この機会に歯も良いと思われるものに変えておこう」というのであれば、それはぜんぜん異論はない。過敏性が亢進しているということは、元来がその人に合わないものが強調されている時期とも考えられるからだ。



4)発汗・回復期

乾燥期が回復してくると、ある日、突然、まるで「おねしょ」をしたかのように汗が出ることがある。皮膚炎によってダメージを受けていた汗腺や脂線といった皮膚付属器が、再構築され、その機能を回復してくるためと考えられる。回復期の汗腺の機能亢進によるのだろう。

この前後から患者は、ワセリンなど固形の油脂では、べたつきが不快に感じられて、クリームやローションといった、水分含量の高い、化粧品的な、狭い意味での「保湿剤」を自発的に使い始めることが多い。オリーブオイルなど、液体油脂にまずは移行する人もいる。

多くの「アトピー肌用化粧品」はこの時期に向く。一時雑誌などで話題となった「美肌水」もこの時期以降であればよいが、そうでなければ尿素が滲みて痛いことのほうが多い。

もともと女性は乾燥肌で、アトピー性皮膚炎がなくても冬に保湿剤が欠かせない人は多いし、以前にアンケートをとったことがあるのだが、アトピー性皮膚炎のない成人男性でも20人に1人くらいは、冬になると保湿剤を使うようだ。だから、ここまでくると、元来が乾燥肌の人は、治癒したも同然と考えてよいのかもしれない。アトピーでも、元来oily skinの人もいるので、その人たちにとっては、これら「保湿剤」も不要になる時期までの一過程と考えられる。



以上は、最初に記したA)〜D)のうちのA)C)D)に関する記述です。

B)の「抗炎症効果」に関しては、別の次元で考える必要があります。



A)C)D)はリバウンド時の生理的変化に対する対応、B)は薬理効果と考えてください。B)でもっとも有効なものがステロイドです。



しかし、ステロイド以外にも抗炎症効果のあるものはあります。たとえば、滲出期の患者に「モクタール」という赤松黒松から採取した植物系のタール剤を、亜鉛華単軟膏に混ぜてやると、亜鉛華単軟膏単独より楽になります。

下の患者、左腕は亜鉛華単軟膏単独、右腕はこれを基材としてモクタールを加えたものです。



タール剤の抗炎症効果は昔から知られていたのですが、ステロイドが用いられるようになってから、臭いや色、発癌性の心配などのため、日本では姿を消してしまいました。しかし海外では、これらタール系の軟膏は、安価な外用薬として広く用いられています。

オーストラリア人のお母さんが乳児を連れてきて、頭部の脂漏性湿疹に対し「ステロイドの外用剤は要らない。コールタールの軟膏はないのか?オーストラリアでは薬局で普通に売っている」とrequestされたこともあります。

イクタモールという鉱物(化石)由来のタールの外用剤がありますが、たとえば、中国(大陸)では、



こんなパッケージで、これは500gですが、10gチューブのものもあって、数十円で買えるそうです。



これはロシアのイクタモール軟膏ですが、25gでたしか20円くらいだったと思います。



アメリカ(ハリウッド)のドラッグストアでも売っていました。ごらんの通り2〜3$です。

不思議なことに、日本ではこの種の安価なタール系の古典的軟膏類は売られていません。

おそらく、日本では、国民皆保険による診療が浸透してしまって、他諸国では高価なステロイド外用剤が、病医院で安価に入手でき、ちょっとした湿疹でも、すぐにステロイドを処方してもらえるために、これら色も臭いも強く効果も劣る軟膏類は駆逐されてしまったのでしょう。



プロトピックなど新薬も発癌性が心配されていますが、こういうタール系軟膏も、発癌性の可能性はあります。なんといってもタールなのですから。しかし、世界的に広く、歴史も古く使用されてきているという点で、安全性はより高いように思われます。

脱ステロイドに理解のあるお医者さんの中にも、ステロイドで積極的に皮疹を抑えてしまおう、というお医者さんの中にも、これら古典的外用剤を用いる人はいます。前者のお医者さんは、これら古典的外用剤の弱い抗炎症効果を利用してリバウンドを抑えようと四苦八苦しますが、後者の先生は、「この軟膏はステロイドは入ってはいるが、ほかにオリジナルな特殊なものが入っているので、よく効く」と評判になって、テレビで取り上げられたりもします。手品みたいなものですね。タネを明かせばそんなもんです。

もし、私がアトピー医療をビジネスとして成功しようと思ったら、この手法をとったでしょうね。それで感謝する患者もいるし。手品する側のほうが、手品の仕組み教える側より、受けるだろうし。

だけど、それでうまくいく患者はいいけど、当然ステロイド皮膚症が進行する患者も出てくる。

私には、出来ないな。



ピオクタニンという紫色の色素があり、殺菌効果があるのですが、古くは、外用剤に用いられていました。これを用いているところもあります。これはむしろ消毒療法的なもので、前章の「見えない悪化因子」で記すべきかもしれませんが。



少し、外用剤から話がそれます。私は、今、美容クリニックをやっていますが、女性が胎盤エキス(プラセンタ)の注射を希望していらっしゃることが多いです。

生物製剤で、未知の病原体の感染の可能性は否定できないですし、「こんなものが効くわけがない」と国立病院にいたときは、ばかにしていたのですが、注射すると、確かに3日ほど化粧ののりがよかったり、朝起きるのが楽だったり、生理が軽くすむことが多いようです。一言で言うと「病気にまではあまり効かないが、肌の調整にはいいもの」のようです。非常に軽いアトピー肌の子がスタッフにいたので、その子に打ってあげたら、たしかにほんの数日、乾燥肌が改善されました。製剤としての歴史も古く(1950年代に厚生省認可)、その意味で安全性が高そうでもあります。


プラセンタ(ラエンネック2アンプル)注射前



注射2日後



7日後



肘、プラセンタ注射前



肘、2日後


※彼女によれば「肘の赤い湿疹には効果がないが、肌の乾燥にはよい。数日で切れてしまうわけではなくて、次に乾燥して悪化するまで効いている。」そうです。


昔は、この種の保険適応外の薬剤を「アトピーに効く」とインターネットなどで発信しているクリニックのサイトを見ると、困ったもんだと思ったものでしたが、そういうことだったのか、と納得しました。アトピー性皮膚炎といってもピンキリで、重症から軽症までさまざまです。すくなくとも、非常に軽症なものに短期間であれば効くようです。



以上、B)に関して、非ステロイドの古典的外用剤である、タール系薬剤を中心に記しましたが、まだ、ほかにもいろいろあるかもしれません。個人事業主または医療法人の理事長であるお医者さんは、なるべく仕入れが安価で、歴史が長いという意味において安全性の高い、抗炎症効果という付加価値を持った軟膏を、古い記憶や文献から探そうと努力していますし、薬を納める製薬会社としては、そんな古典的で安価に調達できるものでは商売になりませんから、より高価に販売できる新薬を開発しようとしています。方向性は正反対に見えて、結局はどちらも「脱ステロイド」という意味で方向性は似ています。どちらも正しいし必要なことなのでしょう。



私の、国立病院での診療においては、外用剤においては、A)C)D)への配慮だけで、「抗炎症効果」に関する、上記のような独自の工夫はしてきませんでした。厚生労働省直営の病院で、保険適応外処方も自由診療もできませんでしたから、現実的に無理でした。モクタールについては、保険処方ができる旨をある開業医の先生から教えていただいて、一部の患者に処方して来ました。



私と同じく、公立病院に勤務していらして、まったく一切の外用剤を止めて、一気に脱ステロイド・脱軟膏をすすめる先生もいらっしゃいました。D)を強く意識されていらっしゃるのだと私は理解しています。よく「リバウンドというのは、羊水につつまれていた胎児が出生後脱皮する現象のようなものだ」とおっしゃっていました。患者本人が耐えられるのであれば、一番単純で早い方法かもしれません。






03/11/04更新